大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和41年(行ウ)9号 判決

原告 田中福美

補助参加人 船木潔 外一二名

被告 川崎市長・川崎市都市計画事業復興第三工区土地区画整理審議会・川崎市監査委員

主文

原告の被告川崎市長に対する請求は、これを棄却する。

原告のその他の被告らに対する訴はいずれもこれを却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

一  当事者双方の求める裁判

1  原告

(一)  被告川崎市長金刺不二太郎が藤沼貞一に対し昭和三九年五月二三日そうでないとすれば昭和四〇年三月五日なした川崎都市計画事業復興第三工区七九街区一〇画地の停止条件付払下および同土地の使用許可処分はこれを取消す。

(二)  被告川崎都市計画事業復興第三工区土地区画整理審議会が昭和三九年五月二三日そうでないとすれば昭和四一年六月三日同土地につきなした川崎都市計画事業復興土地区画整理事業施行規程第三六条第二項第三号に基づく承認行為はこれを取消す。

(三)  被告川崎市監査委員和泉茂八、同長瀬正義、同木村利助、同水谷辨知が昭和四一年四月二六日付でした原告の監査請求を棄却した処分は、これを取消す。

(四)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決。

2  被告川崎市長に対する選択的請求

被告川崎市長が昭和三九年五月二三日(予備的主張昭和四〇年三月五日付)藤沼貞一に対し川崎都市計画事業復興第三工区七九街区一〇画地二五〇・二四平方メートルを保留地譲渡契約の形式をもつてなした仮換地指定行為はこれを取消す。

との判決。

3  被告らの本案前の申立

(一)  原告の請求はいずれも却下する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

4  被告らの本案に対する申立

(一)  原告の請求はいずれもこれを棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

二  原告の請求原因

1  被告らのした処分

(一)  被告川崎市長は、土地区画整理法第三条第四項の規定により、川崎都市計画事業復興土地区画整理事業(以下「本件土地区画整理事業」という。)を施行するものであるが、昭和三九年五月二三日そうでないとすれば昭和四〇年三月五日本件土地区画整理事業復興第三工区七九街区一〇画地(地積二五〇・二四平方メートル)の土地(以下「本件土地」という。)を、

(イ) 藤沼貞一に対し、従前の借地に代わるものとして仮換地指定をした。もつとも、形式上は払下、使用許可と称しているが、区画整理事業の円滑な施工のため、藤沼の借地として仮換地したものである。

(ロ) または、被告は換地処分の公告により、川崎市がその所有権を取得することを停止条件として代金三、六〇一、七七八円で藤沼貞一に払下(以下「本件土地払下」という。)、また換地処分の公告により、川崎市が本件土地の所有権を取得することを解除条件として、同人に本件土地の使用を許可(以下「本件土地使用許可」という。)した。

(二)  被告川崎市長が右仮換地または払下、使用許可をするに際し、被告川崎都市計画事業復興第三工区土地区画整理審議会(以下「審議会」という。)は、昭和三九年五月二三日、本件土地区画整理事業施行規程(昭和三九年三月二六日川崎市規則第五号)(以下「施行規程」という。)第三六条第二項第三号により本件土地払下およびこれに附随する本件土地使用許可を施行規程第三六条第一項の指名競争入札によらず随意契約によつてすることを承認(以下「本件土地払下承認」という。)した。

(三)  そこで前記(一)の処分当時から川崎市に居住する原告が昭和四一年二月二八日地方自治法第二四二条第一項の規定により前記(一)の本件土地払下ならびに使用許可につき監査請求をしたところ、同年四月二六日被告川崎市監査委員和泉、同長瀬、同木村、同水谷は右監査請求を棄却(以下「本件監査請求棄却裁決」という。)した。

2  前記二1の各処分は、いずれも次の理由により、その瑕疵が重大かつ明白であるから無効であり、そうでないとしても取消し得べき行為である。

(一)  被告川崎市長の本件土地の仮換地指定または払下について

(1) 藤沼に対する仮換地の指定は、(イ)藤沼が借地権の申告をしていないのに、借地権者として仮換地指定をしたものであり、(ロ)この事業施行により一般に従前の土地が減少されたのに、藤沼は従前使用の借地の数倍の広さの仮換地を得たことになり、(ハ)藤沼は借地人であるから借地権についてだけ仮換地をすれば足りるのに、その所有権まで譲渡している。

(2) そうではないとしても、本件土地払下は法文上の根拠がない。

本件土地の払下は外形上施行規程ならびに土地区画整理法に基づく公権的な土地区画整理事業の一環としてされたものとして、行政処分の性質を有するものである。しかし、本件土地は土地区画整理法第一〇三条による換地処分とその公告がされていず、将来換地処分がされた場合事実上保留地となることが予想されているにすぎないから、まだ同法上の保留地ではなく保留地予定地というべきであるが、土地区画整理法ならびに施行規程には、このような保留地予定地を換地処分前に処分できる旨の規定はない。したがつて保留地と本件土地とはその法的性質が全く異るから、土地区画整理法ならびに前記施行規程中の保留地の処分に関する規定は、本件土地処分の法的根拠となり得ない。

(3) 仮りに換地処分前に保留地予定地を処分することが許されるとしても、本件土地払下は土地区画整理法第一〇八条第一項施行規程第三三条ないし第三六条第一項に違反する。

(イ) 元来保留地は土地区画整理事業を施行するために必要な費用を捻出するために住民から収用した土地であるから(同法第九六条第二項)、その処分に当つては可能な限り高額で処分するとともに、払下の相手方の選択には関係人の利害を適正に考慮して行うべきである。施行規程も右趣旨に基づき、保留地の処分は公示による申込の受付を行うこととし(同規程第三三条)、申込有資格者を当該保留地に密接な関係を有する者に限定し(同第三四条)、原則として指名競争入札によることを原則とし(同第三六条第一項)、例外的に、指名競争入札によることが不合理であることが明白な場合、(区画整理事業施行の必要上当該保留地を現に使用している者が存するとき、あるいは特定の隣接地主に払下げないと利用価値のない場合)にのみ申込者の中から随意に相手方を指定できるものとしている(同第三六条第二項第一号、第二号。)。

(ロ) 被告川崎市長は、藤沼貞一が借地権の届出を怠り、仮換地指定がなされなかつたので強制的に立退かせることが可能であり、また、藤沼の建物は現在地に移転させなくても、従前の大通りに面した場所に移転させれば区画整理は支障なく施行できたのにかかわらず、整理前の二倍以上の面積のある本件土地の隣地に移転させた上、同人に対し従前の借地とは何の関係もなく原告を含む住民から収用して保留地予定地とした本件土地を払下げることとし、その結果所有地を減歩させられる不利益をこうむつた原告らに対し全く本件土地の競争入札の機会を与えなかつた。

(ハ) 被告川崎市長は、藤沼に対し本件土地をその時価の半額以下に過ぎない三・三平方メートル当り金四〇、〇〇〇円でしかも三年以上の分割払いを認めるという不当な恩恵を同訴外人に与えて払下げたが、原告は三・三平方メートル当り金八〇、〇〇〇円で買取る意思がある。被告川崎市長が本件土地の払下げに当つて川崎市不動産委員会の評価額、他の保留地予定地の落札価額を参考にして払下価額を決定したものであつたとしても、適正な価額ではない。けだしこれらの価額は、仮換地指定を受ける正当な権利を有する場合に参考となるものであつて、藤沼のようにその正当な権利を有しない者に対しては参考にならないばかりでなく、昭和三六年当時または昭和三七年当時の落札価額や評価額であつて、これらはその後地価が値上りしているからその基準とすることはできない。したがつて本件土地の価格は、競争入札による以外に適切な算定方法がない。

(4) 本件土地払下は施行規程第三三条の規定する「市広報への掲載またはこれに代るべき方法による公示」の手続を経ていない。

(二)  被告川崎市長の本件土地使用許可について

(1) 本件土地の使用許可は、本件土地払下の後続処分であるから、先行処分の仮換地または本件土地払下が前記のとおり無効であり、そうでないとしても、取消さるべきものである以上、本件土地の使用許可処分もその違法性を承継し無効であり、そうでないとしても、取消されるべきものである。

(2) 施行規程第四四条によれば、本件土地の使用許可は代金完済後でなければなし得ないところ、藤沼が代金を完済しないうちに許可したもので同規程に違反し、瑕疵は重大かつ明白であるから無効であり、そうではないとしても取消されるべきものである。

藤沼は昭和四一年六月三日以前から本件土地を使用していたのみならず、本件訴が提起されたため分割払いの条件で払下げたにも拘らず、にわかに代金を全額完納させて使用許可をして、施行規程第四四条に適合するよう辻褄を合せたものである。

(三)  被告審議会の本件土地払下承認について

(1) 被告審議会は本件土地払下の承認が施行規程第三六条第二項第三号によりされた旨主張するが、同条は被告川崎市長が地方自治法第一五条第一項の規則制定権の範囲を逸脱し、土地区画整理法第七〇条第三項、第五六条第三項による土地区画整理審議会の権限を超えて保留地の処分に対する同意権を賦与したものであるから、右施行規程条項は法律の委任に基づかない準立法行為で無効である。

(2) 右(1)が認められないとしても、同号は「特に審議会の承認を得た場合」と規定しているから、随意契約によつて保留地を処分すべき特別の理由が認められる場合に限り、被告審議会は随意契約による保留地の処分を承認すべきにもかかわらず、本件土地払下の承認は前記二2(一)(二)のように随意契約によつて藤沼にこれを払下げるべき特別の理由がないのにされたものである。したがつて本件土地払下の承認は、重大かつ明白な瑕疵があり、そうでないとしても、違法であり取消を免れない。

(四)  被告監査委員等の本件監査請求の棄却裁決について

被告市長の本件土地払下および使用許可は、前記のように無効ないし取消されるべきものであるのに、これを認容し、原告の監査請求を棄却したもので、その瑕疵は重大かつ明白であるから無効であり、そうではないとしても取消すべきである。

3  よつて、原告は地方自治法第二四二条の二第一項第二号に基づき被告市長のした本件土地の払下および使用許可、被告審議会のした払下の承認、被告監査委員等のした監査請求の棄却裁決の各取消(無効行為の取消を含む。)を求めるため本訴に及んだ。

三  被告らの本案前の抗弁

(一)  本件土地払下の取消請求について

本件土地の払下は純然たる私法上の売買契約であり行政処分でないから、原告は本件土地払下の取消を求めることはできない。また本件土地は区画整理による保留地であるため所有権移転登記および引渡は換地処分後でなければできないが、昭和四一年六月二日藤沼は代金を支払い既に売買の履行を終了しているから本件土地払下の取消を求めることはできない。すなわち保留地は土地区画整理事業施行の費用に充てるためのものであること(土地区画整理法第九六条第一項)および土地区画整理事業施行後の宅地の価格の総額が施行前の宅地の価格の総額をこえる場合に限つてその差額に相当する金額をこえない価格の土地であること(同条第二項)、その所有権は施行者が取得するものであること(同法第一〇四条第九項)から考えると土地の収用とは全く本質を異にすることは明らかで、その処分を施行規程で定める方法によらなければならないとしたのは施行者の恣意に基づく不当な処分を抑制する趣旨のものであつて、同法第一〇八条によつて施行者に処分権限が与えられたものではなく、同条は処分の方法を定めたものである。しかも区画整理事業の遂行上直接利害関係を有する者を調整し、任意に譲受人を決定する必要があること、ならびに施行規程が地区住民の縦覧に供され、総意が反映されること等を考慮して、特に定められたものであつて保留地の処分について厳重な公法的規律に服せしめる趣旨ではない。保留地の処分は行政庁がする行為であつても私人である買受人が行政庁と対等の立場で行う私法上の行為であつて、行政庁の優越的な地位に基づき公権力の行使として譲受人に対し権利を設定するものではない。指名競争入札の方法によらせているのは行政庁の公共的性格から要求される結果であつて、処分方法が競争入札によるか随意契約によるかによつて、行政行為であるかどうかが決定されるものではない。

(二)  本件土地払下の承認の取消請求について

本件土地払下の承認は、それ自体本件土地払下に附随的なもので施行規程第三六条第二項第三号に基づいてしたものである。ところで、右規定を設けた趣旨は、保留地の処分権限を有する区画整理事業者である被告川崎市長の恣意を抑制する意味のものであつて、被告審議会が決定した事項を被告川崎市長が執行するような関係にあるものではない。したがつて被告審議会がした本件土地払下の承認は、独立の意味を持たず、仮に被告川崎市長の処分行為が違法で取消さるべきものであつたとしても、右処分行為のみの取消を求めれば十分目的を達するのであつて、被告審議会がした本件土地払下の承認の取消が被告川崎市長のした処分行為の取消の必要的前提となるものでないから、原告は独立に本件土地払下の承認の取消を求める利益はない。

(三)  本件監査請求棄却裁決の取消請求について

原告は地方自治法第二四二条の二第一項に基づき本件訴に及んだと思われるところ、同条は監査委員の監査の結果および勧告その他に不服がある場合は、同法第二四二条第一項によつて、監査を求めた当該行為自体の差止め、取消等を直接に請求することを認めたものであつて、監査の結果および勧告等それ自体に対する不服申立を認めたものではない。したがつて本件土地払下の取消請求と並列してした本件監査請求棄却裁決を取消す請求は法律上の利益を欠きなし得ないものである。

四  原告の請求原因に対する被告らの答弁および主張

(一)  請求原因事実1の(一)のうち被告川崎市長が藤沼に本件土地の払下をしたのは昭和三九年五月二三日ではなく、昭和四〇年三月五日であり、本件土地の使用許可をしたのは昭和四一年六月三日である。

(イ)  被告は藤沼に対し、借地権の仮換地指定行為をしたことはない。被告は形式的にもそのような行為をしたこともなければ、また、実質的にも、保留地予定地の決定は仮換地指定処分と全く異なる。それは藤沼と地主杉浦との権利関係とは別に、その争いが生ずる以前にされており、保留地予定地は施行規定に定められた方法に基づいて処分しなければならない。藤沼が保留地予定地の払下申込をする動機とは無関係に、任意譲渡されたものであり、被告川崎市長は借地権申告をしなかつた藤沼に対し、借地権の仮換地指定をしなければならない義務はない。

(ロ)  請求原因1(一)(ロ)の事実は認める。

同1の(二)のうち被告審議会が本件土地払下について承認したことは認めるが、右承認をした日は昭和三九年五月二三日ではなく、昭和三七年九月五日である。本件土地使用許可の承認はしていない。昭和四一年六月二日藤沼は本件土地払下代金を支払つたが本件土地換地処分が未だされていないため所有権移転登記および引渡ができない。したがつて代金支払済の翌日である昭和四一年六月三日同人に対し、被告川崎市長は本件土地使用を許可した。同1の(三)の事実は認める。

(二)  本件土地払下は適法である。

(1)  本件土地は原告主張のように本件払下当時は区画整理上の保留地ではなかつたが、手続的に換地処分が行われると当然保留地となる予定であつた。右のような土地を換地処分前に換地処分による所有権の取得を停止条件として施行規程で定めた保留地の処分方法に従つて処分することは何ら違法ではない。

(2)  本件土地払下は土地区画整理法第一〇八条第一項施行規程第三六条第二項第三号によつてしたもので適法である。

施行規程の同号を設けた趣旨が保留地処分は同条第一項により原則として指名競争入札の方法によるが、第二項においてその例外として指名競争入札によらず随意契約による処分の各場合を定め、右例外の場合が極めて制限された限定列挙の立場をとるため、土地区画整理事業の施行上予想できない場合が起ることを虞れ、本来ならば、その施行者が必要と認めた場合には当該保留地を定めた目的のために随意契約によつてその保留地を処分できて然るべきであるが、施行者の恣意を抑制するため審議会の承認を必要としたものである。しかして右随意契約による場合は競争入札の場合と異なり譲受人の募集を必要としないから、保留地処分の公示をし、申込受付をすることもなく施行規程第三三条の適用もない。

(三)  本件払下を随意契約にするに至つた経緯

訴外藤沼は土地区画整理前、川崎市大島町一丁目六番地の別紙図面のうちヌルヲワヌ各点を結ぶ直線で囲んだ部分を地主訴外杉浦貞一から賃借し、当該土地に建物を所有して自動車修理業を営んでいたが、本件土地区画整理の際土地区画整理法第八五条に定められた権利の申告をしなかつたため、換地の指定を受けることができず、建物を移転すべき場所を失つた。土地区画整理事業施行者川崎市長は同事業を円満かつ迅速に遂行するため、訴外藤沼とその地主との話合に参加し、訴外藤沼の移転場所について種々検討したが、話合がつかず同訴外人は建物の撤去を拒んだ。

そこで、被告川崎市長は区画整理事業の促進のため、本件土地(別紙図面中イロハニホチリイ各点を結ぶ直線で囲まれた土地)を可能ならば払下げる含みで同人を現在の場所(別紙図面ホヘトチホ各点を結ぶ直線で囲まれた土地)に移転することを納得させ、本件土地の処分価格も公正を期するため、川崎市不動産評価委員会から三・三平方メートル(一坪)当り金四二、〇〇〇円の評価を受け、これに基づいて本件土地処分価格を三・三平方メートル当り金四五、〇〇〇円と定めたものである。

五  被告らの本案前の抗弁に対する原告および補助参加人らの反論

(一)  被告川崎市長の本件土地払下について

(1)  土地区画整理法はその規定内容から明らかなとおり、公法の中でも公権性の強い法律であつて換地処分等により公権的に私人の土地所有権の移転変動が行われる。本件土地払下は同法第一〇八条を根拠とするものと考えられるが、同条は保留地の処分について実質的な適合性と手続的な厳格性を要求し、保留地の処分につき公法的規律に服せしめている。殊に保留地の処分に関する規定は事業の認定から換地計画、立入調査、建築行為等の不可欠の一環をなすものであつて、保留地そのものが換地計画の不可欠の要素として公権的に施行者に収用された土地であり、その処分はこうした一連の公権的行為の一部を構成するものである。

元来「収用」もしくは「公用収用」とは公益のための必要により特定の物に関する所有権その他の権利をその権利者の意思に拘らず公権力によつて取得させ又は消滅もしくは制限させることである。しかるところ、土地区画整理法は一定の場合に限り一定の土地を換地として定めずこれを保留地とすることを認める(同法第九六条)とともに、保留地は換地処分の公告のあつた翌日、区画整理事業の施行者又は公共団体が取得するもの(同法第一〇四条第九項)と定めている。要するに、右の法の趣旨は土地区画整理事業の費用に充てるために一定の土地について住民の権利を公権的に消滅させ、これを区画整理事業の施行者又は公共団体に公権的に帰属せしめ、もつて右の土地を処分せしめんとする趣旨である(同法第一〇八条)。

換地処分や仮換地処分等が行政処分であるとすれば保留地の設定並びに処分もまた行政処分である。保留地の設定ならびにその処分が区画整理事業遂行上必要であるから土地区画整理法は保留地の設定ならびに処分を認めているのである。したがつて保留地の設定ならびに処分は区画整理事業遂行上必要な施策の一環としてこれを把握すべきである。他の処分から保留地の処分のみを切り離し、これを一般の公有財産の処分であると断ずるのは、土地区画整理法第一〇八条第一項後段が特に保留地の処分に関し地方公共団体の一般財産の処分に関する法令の適用を排除している趣旨に反すること明白である。

もしも保留地の処分が普通財産の払下と異るものでないとするならば一般競争入札を排除する必要は全くないから土地区画整理法第一〇八条第一項後段の規定は無意味である。しかるに保留地は前述のとおり元来公権的に住民の権利を消滅させて公共団体に帰属せしめた土地であるから、その処分に当つてはできる限り高額に処分することが望まれる反面、当該保留地の旧所有者、賃借権者ならびに当該保留地の設定により自己の所有地を減少された近隣の住民等当該保留地の利害関係人が存在するのであるから、これらの者に対し払下を受ける機会を与えるのが妥当であるとともに、左の利害関係者以外の者に対しては払下を受ける機会を与える必要がないから一般競争入札の方法によるのは妥当でない。故に土地区画整理法は保留地の有する一般公有財産とは異なる右の特殊性に鑑み、特に前記条項により保留地の処分については一般財産の処分に関する規定を排除し、施行規程によらしめたのである。

したがつて本件土地払下は、私法上の売買契約でなく公法上の行為である。

(2)  保留地の設定ならびにその処分は、土地区画整理法第一条の目的を達するための土地区画整理事業の施行者が優越的意思の発動としてする作用、すなわちたとえ違法であつても権限ある行政庁あるいは裁判によつて取消されない限り何人もこれに拘束されるものである。よつて本件土地払下は土地区画整理法と性格の酷似する自作農創設特別措置法による農地売渡処分と同様に行政処分であることは明白である。

このことは、保留地の譲渡価格が施行者によつて一方的に定められる(施行規程第三八条)ことからも明らかであつて、施行規程が「申込みの受付」(同第三三条)、「保留地の譲受を申請しようとする者」(同第三四条)、「保留地譲受申請書を施行者に提出しなければならない。」(同第三五条)「保留地譲渡契約書により譲渡契約を締結する。」(同第三九条)旨規定しているからといつて保留地処分が行政処分たる性質を有しないと解することはできない。

保留地の処分と農地の売渡処分方法が異るのは当該土地を収用した目的ならびに処分する目的が異ることから生ずる相違であつて、保留地の処分方法として指名競争入札の方法が採用されているからといつて直ちに保留地の処分は私法上の売買契約を前提とすると断ずることはできない。本件土地払下に比し一層公権的性格が弱いと思われる農地法第八〇条第二項に基づく農林大臣の旧地主に対する土地売払いについて東京地方裁判所はこれを行政処分であるとしている(同庁昭和四〇年(行ウ)第一一八号・昭和四三年一月二九日判決・判例時報五〇六号一六頁参照)。

(3)  保留地の処分が行政処分であることは、土地区画整理法第一二七条ならびに第一二七条の二により、保留地の処分についても他の区画整理事業施行上の処分と同様上級官庁に対し訴願をなし得ることから明白である。

(4)  地方自治法第二四二条の二第一項の旧規定である同法第二四三条の二第四項は取消訴訟の対象を行政処分に限定せず、同項の施行規則昭和二三年最高裁判所規則第二八号は同項に基づく訴訟には行政事件訴訟特例法の適用がある旨規定し、もつて行政処分は限らず広く行政庁の私法上の行為に対しても取消訴訟を許容していた。しかるにその後私法上の行為について取消訴訟を認めることの理論的根拠が問題とされたため、昭和三八年の改正の際、取消訴訟の対象を行政処分に限定したのである。したがつて元来違法な行政庁の行為に対して広く司法的救済の道を与えることを立前とする住民訴訟制度の立法趣旨からして、本件土地払下のような本質的行政処分である行為に対し、同法第二四二条の二第一項第二号の適用を否定して司法上の救済の道を鎖することは不当である。

(5)  本件土地払下の履行は未了である。

本件土地の換地処分はおろか換地計画すら確定していない。したがつて本件土地は保留地予定地として、その所有権は被告川崎市長にも訴外藤沼にも移転していないから、同訴外人が本件土地払下についてその代金を支払つたからといつて本件土地払下の取消を求めることができなくなるものではない。

(二)  本件土地払下の承認について

被告審議会の承認は、それ自体被告川崎市長の本件土地払下に附随的なものではない。土地区画整理法は事業の適正、公平を確保するため必ず土地区画整理審議会を設置するものとし(同法第五六条)、換地計画、仮換地の指定および減価償却金の交付に関する事項についてこの法律に定める権限を行う(同条第三項)として同法上独立した地位と権限を与えられている。したがつて被告審議会の行為はそれ自体独立した行為であり、被告川崎市長の本件土地払下の必要的前提行為であるから、本件土地払下と別にその取消を求める必要がある。

そうでなければ、本件土地払下が違法として取消されても依然として本件土地払下の承認は適法であるとする意思表示が残ることになるからである。

(三)  本件監査請求棄却裁決取消請求について

前記第四の二と同様であるが、仮りに被告らの主張が理由があるとしても、それは請求が別個の訴訟手続でされている場合についていえることで本件訴訟のように同一訴訟手続でされている場合には審理の重複、裁判相互の矛盾等も考えられないから特に問題とすべきでない。この点については原処分の取消訴訟と訴願裁決の取消訴訟に関し多数の判例は両請求を一の訴に併合した場合について特に訴の利益を論ずることなく併合を認めている(仙台高裁昭和二六年四月二三日判例集二巻五号一〇五頁ほか多数)。

六  証拠関係〈省略〉

理由

(被告川崎市長のした本件土地払下、同使用許可の取消請求について。)

一  被告川崎市長が藤沼貞一に対して川崎都市計画事業復興第三工区七九街区一〇画地(本件土地)の停止条件付払下(本件土地払下)および解除条件付使用許可(本件土地使用許可)をしたこと(ただし、各処分日時の点を除く。)は当事者間に争いがない。成立に争いのない乙第二号証の二、弁論の全趣旨から各成立が認められる乙第三、第五号証を総合すると、被告川崎市長は、昭和三九年五月二三日藤沼貞一に本件土地を譲渡する内部的意思決定をし、昭和四〇年三月五日藤沼に対しその旨通知して本件土地払下をし、昭和四一年六月三日藤沼に対し本件土地使用許可をした事実が認められ、これを左右する証拠はない。右事実によると、被告川崎市長がした本件土地払下および使用許可がそれぞれ昭和三九年五月二三日にされたことを前提とする右各処分の取消を求める原告の請求は、その他の点について判断するまでもなく失当である。

二  そこで、昭和四〇年三月五日にされた本件土地払下処分、昭和四一年六月三日にされた同使用許可処分の取消を求める請求について判断する。

成立に争いのない乙第一号証、弁論の全趣旨から成立が認められる乙第七号証および証人高井正雄、同倉形勲の各証言を総合すると、つぎの事実が認められる。

川崎市は、戦災復興を図るため、特別都市計画法(昭和二一年法第一九号)による土地区画整理事業を行うこととなり、昭和二六年一二月一五日第三地区七九番等について換地予定地の指定(同法第一四条)を行い、本件土地は将来替費地と指定する旨予定され、所有者添田真一に土地使用制限の通知をしたが、その後昭和三〇年四月一日から土地区画整理法が施行されて、前記土地区画整理事業は同法に基づく土地区画整理事業に変更され(川崎都市計画事業復興土地区画整理事業)、右替費地の予定地(本件土地)が保留地の予定地となつた。

右認定を左右する証拠はない。

一般に、土地区画整理法に基づく仮換地の指定をしない保留地の予定地については、事業施行者はその土地の所有者に対し、同法第一〇〇条の二による管理のため、期日を定めて使用収益の停止を命じ、その期日以後は事業施行者がこれを管理するものであるから、右管理行為は行政庁の優越的地位における意思の発動として行政行為の性質を有する。右土地を保留地とするには、その旨の指定処分が必要で、保留地予定地とする旨の処分では、未だ保留地指定の効力を生じない。したがつて、保留地予定地に関する部分は、右の意味での管理行為であつて、地方自治法第二四二条の二第一項第二号にいう行政処分にあたるものと解するのが相当である。被告らは、保留地払下は私法上の契約であるから、それを前提とする保留地予定地の譲渡、使用許可もまた私法上の契約であり、住民訴訟の対象となる行政処分にはあたらないから本訴は不適法として却下を免れない旨抗争するが、保留地払下処分は、事業施行者がその土地所有権を取得(換地処分公告の翌日)した後に行うものであり、優越的地位における意思の発動が稀薄である点で私法上の契約と考えることもできるが、しかし保留地予定地の場合は、事業施行者は未だ土地所有権を取得しておらず、その所有者の所有権を優越的地位において制限することにより管理権限を取得し、その管理権限に基づいて、第三者にこれを譲渡し、またはその使用を許可することができる。しかしてこの譲渡または使用許可はその反面所有者の使用収益を制限剥奪する効力を有するのであるから、保留地予定地の譲渡、使用許可には、事業施行者の高権的意思の発動がみられる。したがつて、保留地予定地の譲渡を、事業施行者がその土地所有権を取得することを停止条件として譲渡する私法上の契約であるとし、また、その使用許可を事業施行者がその土地所有権を取得しなかつたことを解除条件とする私法上の契約であるとみることは、譲受人または被使用許可者との間の関係のみに着目し、所有者との前記の関係と、施行者が取得する権限の本質を見誤まるものであつて、倒底管理行為の性質を正当に理解するものとはいえない。それ故、前記被告らの本案前の抗弁は失当として排斥を免れない。

三  被告川崎市長が藤沼に対してした本件土地払下、使用許可は、実質上借地権の仮換地指定処分である旨の原告の選択的主張については、それと選択関係にある本件土地の払下、使用許可自体についての行政処分と把握できるから、特にこの点に関する主張については判断しない。

四  被告川崎市長のした本件土地停止条件付払下処分は法文上の根拠を欠くから無効である旨の原告主張について判断する。

すべて行政庁の処分には、法律上の根拠を要することはもちろんであるが、土地区画整理法に基づく保留地予定地は、前叙のように同法第一〇〇条の二により事業施行者が管理する土地であるので、その管理方法は、同法にこの点についての特段の規定はないから、同法の趣旨に反しないかぎり、行政庁の裁量に委ねられているものと解するのが相当であつて、事業施行者が右土地の所有権を取得することを停止条件としてこれを払下げることは、同法の趣旨に反しない管理行為であるというべきである。したがつて、被告川崎市長のした本件土地(保留地予定地)の停止条件付払下は根拠を有するから、原告の前記主張は失当というほかない。

五(一)  原告は、本件土地払下は土地区画整理法第一〇八条第一項施行規程第三三条から第三六条第一項に違反するから違法である、と主張するが、被告川崎市長のした本件土地停止条件付払下処分は前叙のとおり管理行為としてしたもので、同法第一〇八条による払下行為と異なるから、前記原告の主張は失当というほかない。しかしながら、右管理方法が同法第一〇八条とその施行規程の趣旨に著しく反し、自由裁量権の濫用にあたる場合には違法となると解せられるので、以下この点について検討する。

(二)  前出乙第一、第三、第七号証、成立に争いのない甲第一号証、甲第二号証の一、二、甲第五、第九から第一二号証、乙第六、第八、第九号証、本件土地の現況写真であることが争いのない甲第六号証、新川通に面する保留地予定地の現況写真であることが争いのない甲第七号証の一、二、原本の存在と、本件土地の換地予定図面であることが争いのない甲第八号証、および、弁論の全趣旨から各成立が認められる乙第二、第四号証および証人高井正雄、同倉方勲、同藤沼カオル、同中村了太、同田中智子の各証言、原告本人尋問の結果を総合すると、つぎの事実が認められる。

(1)  藤沼貞一はもと新川通りに面した家屋番号四番六店舗兼居宅木造ルーフイング葺平家建一〇、二五平方メートルの家屋(以下「従前の家屋」という。)を所有し、同所において自動車修理業を営んでいたが、本件土地区画整理に関し、地主杉浦真一(旧姓添田)から借受けている旨の借地権の申告を怠り、また本件土地附近の一角の土地のうち杉浦から借受けていた者に牧某(洋服店)、石田某(酒店)、遠井某、藤枝某、東神産業らがいたが、そのうち借地権の申告をした者が少なかつたので、被告川崎市長は、その大部分につき、藤沼をも含めてその借地権者としての仮換地指定をせず、一かつして所有者杉浦に対し仮換地指定をした。そこで、右牧、遠井、藤枝、東神産業、藤沼らが借地範囲を協議することになり、被告川崎市長も事業施行を円滑にするためその協議を行政指導することとし、土地区画整理審議会小清水委員、土地区画整理課員倉方勲を右協議に参加させて昭和二六年頃数回協議した結果、藤沼が従前修理を頼まれた自動車を道路に放置して他の借地人の営業妨害となつていること、同人が裏側に入つても将来本件土地を払下げられるならば営業に支障がないこと、差当り従前の使用面積の二倍以上の借地を使用できること等を考慮し、藤沼が新川通りの従前の土地の使用(現在のマキヤと東神産業とにまたがる附近)をやめ、その裏側の別紙図面ホヘトチホ各点を結ぶ直線で囲まれた土地(以下「協議後の借地」という。)に移転することを承諾し、右小清水委員はその際藤沼に対し、将来本件土地を藤沼に払下げるよう努力する旨約定した。藤沼は昭和二七年一〇月頃地主杉浦の承諾を得て右従前の家屋を藤沼の協議後の借地上に移動し使用していた。

(2)  藤沼は、早急に本件土地の払下を受けられるものと考えていたが、進展しなかつたので、昭和三六年三月二〇日被告川崎市長に宛て、本件土地を払下げまたは貸与して欲しい旨願書を提出し、右小清水委員等の努力もあつて被告審議会が昭和三七年九月五日施行規程第三六条第二項第三号を準用し、将来川崎市が所有権を取得することを停止条件として本件土地を藤沼に対し任意売却の方法で払下げることを承認し、前記(1)の経緯から、価額が指名競争入札の場合より低くても時価相当であればよい旨をも承認した。

(3)  被告川崎市長はその頃川崎市不動産評価委員会(金融機関支店長や税務署資産税係長等が委員をしている。)に本件土地の時価を、施行規程第二〇条にしたがい評価させたところ、三・三平方メートル当り金四二、〇〇〇円となつたので、これを参考として藤沼に停止条件付に売渡す価額を金四五、〇〇〇円と定め、被告川崎市長は昭和四〇年三月五日藤沼に対し、本件土地を、所有権取得を停止条件として、代金三、六〇一、七七八円で売渡す旨契約したが、当時藤沼が心臓病で病床にあつたため、その代金の分割支払を承認し、即日金四一二、三六一円、昭和四〇年四月一日金一三三、八六七円、同年五月から昭和四二年三月まで毎月末日限り金一三二、八五〇円宛支払う旨約定し、藤沼は昭和四一年六月二日までにその支払を了している。

(4)  原告は区画整理の結果従前の土地より約二六平方メートル減少され、地上家屋を若干移動するよう被告川崎市長から言われているので、本件土地を買い、これを宅地の一部とし、さらに、地上にアパートを建築して利用したいと考えていたので、新川通りに面した保留地予定地と同様、指名競争入札を期待していたところ、原告不知の間に前記のように藤沼に売渡されることとなつた。そこで、原告は川崎市役所に島田助役、高井課長等を尋ね同人等に対し、本件土地を指名競争入札により払下げるべきこと、藤沼に対する売却価額が時価より低廉に過ぎることを主張したが、容れられず、監査請求をするにいたつた。

(三)  右(二)(3)認定に反し、本件土地の昭和三九年当時の時価は三・三平方メートル当り金八〇、〇〇〇円以上金八五、〇〇〇円位である旨の証人滝沢安太郎の証言は、同人は、また新川通りに面した保留地予定地が当時三・三平方メートル当り金七〇、〇〇〇円から金八〇、〇〇〇円位で競落された旨述べていることを考えると、その土地と異なり裏通りに面する本件土地がこれと同等の価額であるとするのは立地条件を無視することになるのでにわかに信用し難いばかりでなく、また、最近五〇軒位先のところで、三・三平方メートル当り金一〇四、〇〇〇円の取引があつた旨の同人の供述も右事実の裏づけがない上立地条件等が同一であると認められる資料もないから、その価額をもつて直ちに本件土地の価額を推断すべき証拠とすることはできず、他に首肯できるような算出基礎についての説明がないので、前記証言はにわかに信用することができない。右と同趣旨の甲第四号証(同人作成の証明書)も同様な理由により信用できない。

他に前記(二)認定を左右する証拠はない。

(四)(1)  前記(二)認定の事実によると、被告川崎市長が昭和四〇年三月五日藤沼貞一に対し、所有権取得を停止条件に本件土地を払下げた管理行為は、相当な自由裁量の範囲に属し、裁量権の濫用にわたる事実は存在しないものというほかはない。保留地予定地の譲渡も、保留地の譲渡の場合に準じて、可能な限り高額に譲渡すべきであり、指名競争入札等関係人の払下期待権を満足させる方法をとることが一般に要請されることは当然であるが、前叙(二)認定の事情の下で、指名競争入札の方法をとらずに、不動産評価委員会の決定した時価に近い額を払下額と定め、藤沼に直接売渡したことは、管理行為として相当であつたといえる。

(2)  なお、藤沼は借地権無届で立退させられる地位にあり、新川通にある保留地予定地を減少する等の方法で容易に藤沼を従前通り新川通に面した場所に移転可能であり、しかも、裏側の藤沼の土地は従前の二倍以上の面積もあり営業に支障がないから、さらに、本件土地を同人に払下げる必要性がない旨の原告主張についてみると、藤沼が裏側に行つたのは前記認定のとおり借地権者間の協議と地主杉浦の承認の結果であり、被告川崎市長は右協議の成立を指導したもので、その結果を無視して立退を迫ることは法的にも事実上も不可能であり、新川通りの保留地予定地を減少するかどうかは全く被告川崎市長の裁量に属するところ、減少しないで前記のような解決方法をとつたとしても不当であるとはいえず、藤沼の裏側の土地は帯状の地形で公道に面せず、藤沼は自動車修理営業上本件土地を使用する必要性が高度であり、裏側に行く一つの動機として将来本件土地を払下げられる見通しがあつたことからみると、藤沼が本件土地払下を受ける必要は大であつたというほかない。つぎに、原告は本件土地は原告の減歩の犠牲によつて作られたものであるから競争入札の機会を与えないのは不当であるというが、区画整理の結果使用面積が減少させられたとしても公共的観点からしのばなければならず、その結果として本件土地が作られたとの原告主張についてはこれを認められる資料がなく、指名競争入札の方法によらず藤沼に払下げることにつき、前記認定の経緯を考慮して被告審議会が承認したのであり、指名競争入札によらなくても不当とはいえない。さらに、原告は本件土地の価額は低廉であるから不当であるというが、藤沼に払下げた価額が不当に低廉であるとの証拠がないことは前記説示のとおりであるし、原告らがたとえそれを三・三平方メートル当り金八〇、〇〇〇円で買受けを希望しているとしても、前記(二)認定の経緯から被告審議会がたとえ指名競争入札の場合より低くても相当時価であればよい旨承認したことも首肯でき、これを尊重して不動産評価委員会に時価を鑑定させ、それよりは若干高額に決定した被告川崎市長の決定はまた相当であるというべきである。

(3)  つぎに、施行規程第三三条の市広報への掲載又はこれに代るべき方法による公示の手続は、指名競争入札等関係人が払下に参加する機会を保障した規定で、本件のように、審議会の承認を経て特定人に払下げる場合には、その性質上適用が排除されるものと解されるから、たとえ、被告川崎市長が同規程所定の手続を経ていないとしても、藤沼に対する前記払下の効力に影響を及ぼさない。したがつて、この点に関する原告主張も失当に帰する。

(4)  したがつて、被告川崎市長が昭和四〇年三月五日藤沼貞一に対してした本件土地払下は何ら違法はなく、原告のこの処分の取消を求める本訴請求は理由がない。

六(一)  被告川崎市長のした本件土地使用許可は先行処分の本件土地払下処分が違法であるからその違法性を承継し違法である旨の原告主張について判断するのに、被告川崎市長のした本件土地払下が違法ではないこと前記説示のとおりであるから、右主張は失当である。

(二)  施行規程第四四条(譲渡代金支払完了後に使用許可できる)に反し代金完済前にしたから、被告川崎市長のした本件土地使用許可は違法または無効である旨の原告主張について判断する。

前記一、四(二)(3)各認定の事実によると、藤沼が代金を完済したのは昭和四一年六月二日であり、本件土地使用許可はその以後の同年六月三日であるから、原告の右主張はその前提を欠き失当であるというほかはない。

(被告審議会のした本件土地払下承認の取消請求について。)

七  被告審議会が本件土地払下方法について指名競争入札によらないで直接藤沼と随意契約することを承認する行為は、被告川崎市長の諮問機関として、その意思決定を補助するもので、被告川崎市長の本件土地払下という管理行為を決定する内部的意思決定の過程を構成するのにすぎず、直接第三者に対して効果を及ぼすものではないから、地方自治法第二四二条の二第一項第二号にいう行政処分にはあたらないものと解するのが相当である。したがつて、原告が被告審議会に対し右承認の取消を訴求する訴は不適法として却下を免れない。

(被告川崎市監査委員らのした監査請求棄却処分の取消請求について)

八  被告川崎市監査委員らのした監査請求棄却処分については、監査を求めた処分の取消を訴求すれば足り、それと別異に監査請求棄却処分の取消を求める法律上の利益がないから、原告本訴請求は不適法である旨の被告川崎市監査委員ら主張について判断する。地方自治法第二四二条の二第四項行政事件訴訟法第四三条第一項、第一〇条第二項の趣旨からみて、監査を求めた原処分の違法事由を理由として監査請求棄却処分の取消を求めることはできず、それ以外の理由による場合だけ、原処分の取消と並列的に提起された監査請求棄却処分の取消を求められるものと解するのが相当であるところ、本件において原告が監査請求棄却処分の違法事由として主張する理由は、監査を求めた原処分が違法または無効であるとの主張に尽き、それ以外の監査手続に固有な違法事由があるとは主張していないから、結局、この点の原告本訴請求は不適法として却下を免れない。前叙被告川崎市監査委員らの主張は、結局理由がある。

(結論)

九  以上のとおりであるから、原告の被告川崎市長に対する本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、その他の被告等に対する原告の各請求はいずれも不適法として却下を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田良正 高木積夫 秋山賢三)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例